自己紹介文

1980年8月。
国産二輪車の歴史を変えた一台のバイクが発売された。
YAMAHA RZ250。
水冷2ストローク2気筒、排気量250㏄。
大型ラジエターがひと際目を引くそのフォルムは
曲線美が美しい女性的で優雅なフォルムとは裏腹に
最大出力35馬力という当時としては圧倒的なパワーユニットを誇り
6,000回転を境に一気に吹け上がるエンジンを搭載した凄まじい
バイクであった。
多くのライダーを魅了したこのバイクは、
二輪車市場をパニックに陥れるほどの爆発的ヒットとなり、
日本の二輪車史上類のない6ヶ月のバックオーダーという記録を
作る異常事態となった。


1970年代、当時世界的なオイルショックにより、国内消費は一気
に停滞した。
同時に排気ガスによる大気汚染も大きな社会問題となり、
ガソリンやオイルを多く消費する2ストロークエンジンは非難の的
となっていた。
この悪環境に暴走族問題などが拍車をかけ、日本の二輪車市場
は大きく冷え込んでいた。
1975年、暴走族対策として大幅な免許制度の改正が行われ、
二輪車の免許は排気量125ccまでの小型限定、400ccまでの
中型限定、排気量限定なし、いわいる限定解除の3区分となった。
限定解除免許取得は困難を極めた当時、必然的に二輪車市場の
関心は中型車、400ccクラスに注がれ始めていた。
また、オイルショック以降、排気ガス規制や騒音問題を受け、
多くの二輪車は優れた燃費と経済性という要素を第一に求められ
るようになり、二輪車の中・大型車は4ストロークエンジンが主流と
なりつつあった。
時代の流れに逆らい、最後の2ストロークスポーツを作るべき、
熱き技術者たちにより開発・市場投入されたRZ250。
爆発的ヒットとなったRZ250は停滞していた二輪車市場を一気に
活気づけた。
他メーカーもこぞって2ストローク車の開発、市場投入を進め、
4ストローク車から2ストローク車へとバイク市場人気は移行し、
やがてレーシングマシンそっくりのバイクが街中に溢れる、
レーサーレプリカブームの幕開けとなるのであった。
1983年2月、RZ250生産中止、後継機種RZ250Rに主力の座を譲る。
その後もモデルチェンジを繰り返し、RZ250の血筋を継いた後継機種
の市場投入は続いた。
レーサーレプリカブームは二輪車事故増加という新たな社会問題を
引き起こし、各地で二輪車を封鎖する道路が相次ぎ、やがて1980年
代の終わりと同時にブームは去った。
その後、二輪車市場はネイキッドモデルやストリートトラッカーモデル
といったファッション性重視のブームが続き、大型スクターがブームと
なっている現在、2ストロークエンジンを搭載したバイクは新車国内
二輪車市場において完全に絶滅した。
地球に優しくないエンジン、が最たる理由。
クリーン&エコロジーがより一層叫ばれる昨今、やはり時代の流れ
には勝てなかった。


しかし、生まれ変わって我が家にやってきたRZ250は走り続ける。
白煙を撒き散らし、オイルを飛び散らし、騒音をたて捲くり、ガソリンを
大量消費しながら。
こんな熱い時代があったことを後世に伝えるために
なにもかも輝いていた1980年代のときめきを取り戻すために


そしてなによりも


バイクは・・・男のロマン・・・だから